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6話 四千七百六十万円の行き先

Author: 6jay
last update publish date: 2026-09-20 12:13:19

翌日の午後、紗月はストーリア本社の向かいにあるビルへ入った。

家を出るとき、直人には担当編集者と昼食を取ると言った。鏡の前で、いつもの口紅まで塗ってきた。玄関で傘を渡され、遅くなるなよと言われても、笑顔を崩さなかった。

怜司が用意したのは、法律事務所の小さな会議室だった。窓際には弁護士の森川真紀と、公認会計士の大野修平が座っていた。怜司は契約書の提出記録と配信サイトの本人確認手続きを説明し、席を立った。

テーブルには紗月が受け取った写しと、サイト側の受付記録が別々に束ねられていた。怜司は書類をめくりながらも、その契約が作られた理由を推測しなかった。

「原本とアクセス履歴はこちらで保全します。ほかに必要なものがあれば、ご連絡ください」

紗月は少し意外に思って、彼を見た。

「同席されないんですか」

「ここから先、どこまでお話しになるかは、先生が決めることですから」

ドアが閉まると、真紀が最初に尋ねた。

「ご主人に気づかれた様子はありますか。今、ご自宅に戻るのが危険ということは?」

「それはありません。私が知っていることには、まだ気づいていません」

「できるだけ、その状態を保ってください。問い詰める前に、やるべきことがあります」

「先日、夫が別の家に入るのを見ました。女の人と、子どもがいました」

真紀は驚いた顔をする代わりに、新しい記録用紙を出した。

「お子さんの存在を初めて確認した日から、記録しましょう。写真や録音はありますか」

「ありません。ついていっただけです」

「大丈夫です。これから適法な方法で確かめましょう。もう一度あとを追って気づかれたり、無理に証拠を作ったりする必要はありません」

紗月は初めて、長く息を吐いた。今すぐ何かをしなければ全部逃してしまう気がしていた。けれど真紀は、立ち止まることにも順番があると言った。

真紀は契約書の写しを、一枚ずつ確かめた。署名画像のある最終ページでは、拡大鏡で印刷面まで見た。

「この契約書に、ご自身で署名を入れたことはないのですね」

「はい。画像を夫に送ったことはあります」

「そのメールは消さないでください。送信日時と添付ファイルを確認できる、元の形式で残してくださいね。スクリーンショットだけでは足りない場合があります」

紗月は手帳を開こうとして、スマホを置いた。真紀に渡された紙に、手で書き込む。

個人メールとクラウドのパスワード変更。二段階認証。原稿の元データと変更履歴の別途保存。夫のスマホや個人アカウントには触れない。会社の共有フォルダからは、今認められている権限の範囲でのみ取得する。

「相手が気づく前に、口座を止められませんか」

「止める準備は必要です。ただ、代表者の解任と口座の権限変更は、手続きを整え、一度に進めるほうが安全です。今、先走ると、資料を消されたり、さらにお金を動かされたりするおそれがあります」

「その間に、また持っていかれたら?」

「だから、今日から流れを確認するんです」

真紀は問題を三つに分けた。婚姻関係、会社の資金、紗月の署名を使った権利契約。怒りはひとつでも、手続きまで混ぜてはいけない、と。

「サイトには、まず承認の保留だけを依頼してあります。ご主人側へ拒否の通知が行けば、すぐに気づかれかねません」

「私自身が書いたという記録は、残っていますか」

「初稿から各話の入稿データまで、残っています」

ドアの外で待っていた怜司が答えた。依頼された資料の入った記録媒体を真紀に渡し、また下がる。

「サーバー上の資料は、勝手には変更できません。保全の依頼も、本日付で登録しました」

修平がパソコンを紗月へ向けた。

「普段、会社の会計報告はどのように受けていましたか」

「四半期ごとに夫が共有フォルダへ上げていました。納税のときだけ、要点を説明してくれて」

「今も、そのフォルダにアクセスできますか」

紗月はうなずいた。汐文コンテンツの設立時に作ったアカウントだ。株式はすべて紗月が保有していたが、実務を直人に任せてからは、原稿の契約書を探すときくらいしか開いていなかった。

修平の前で資料をダウンロードした。日時とサイズがわかる一覧を保存し、元のデータは変えず、複製だけを開く。

過去三年分の会計資料が、こんなにあるとは知らなかった。

直人が見せていたのは、いつも一枚の表だった。売上から税金と外注費を引いた残額に丸をつけ、会社の運営には思った以上に金がかかると言う。

信じてうなずいていた、自分の姿が浮かんだ。

編集費。広告費。翻訳の前払金。見慣れた項目が、月ごとに並んでいた。

「ページオンと取引を始めた時期は、おわかりになりますか」

「昨日、初めて聞いた会社です」

修平の手が止まった。検索結果は画面の下まで、長く続いていた。

「ですが、支払いは一年半以上前からあります」

紗月は数字をひとつずつ読んだ。百二十万円。九十万円。二百三十万円。名目が違うだけで、支払先はすべてページオンだった。

修平が、確認できた項目だけを合計した。

「今ある資料だけで、四千七百六十万円です」

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